【放送作家・鈴木おさむ】親も子もつらい断乳を、「へのへのもへじ」で乗り切る。
断乳。この言葉を知ったのは、息子を授かったあと。子供にあげている母乳をやめることを断乳という。
「断ち切る」という意味での「断」って文字を使って、「断」+「乳」というそのミスマッチさになんか迫力すら感じました。だって「断水」と同じ感じでしょ。
通っていた「おっぱいマッサージ」の先生に言われたタイミングで「断乳」を決めます。街中に「おっぱいマッサージ」と看板が出ていたら、男性は全員風俗だと思うでしょうが、そうではありません。毎回、そこに通うと、おっぱいをマッサージして母乳の出を良くし、様々なアドバイスをしてくれるのです。みんなが同じタイミングというわけではなく、母親の体や性格、子供の成長、など様々なことを見ながら判断するのです。
うちは、息子、笑福が1歳2カ月と半分ほど過ぎた時にその日がやってきました。おっぱいマッサージの先生が、「9月13日に決定で」とちょっと前から妻に告げました。ここからは人それぞれ、色んなスタイルがあります。断乳する一週間ほど前から子供に「あと○日でおっぱい終わりだからね」と教えていく派。うちの先生は、子供には予告なしで、いきなり告げるのだそうです。ただ、子供は絶対その空気を感じるのだと。9月13日の朝。目を覚まして「パイパイ」とおっぱいを欲しがる息子、笑福の目を見て妻が言いました。「笑福ね、今日でパイパイとさよならなんだ。もう大丈夫だよね?」と言うと、笑福はさみしそうな顔をします。妻がおっぱいを出すと乳首にくらいつきます。息子がおっぱいを吸いだすと、妻は急に泣きだしました。正直ね、自分の子供を授かる前だったら、「断乳」というものがどれだけ寂しく辛いものかなんてわかりませんでした。だけど今はわかります。
子どもは最初ずっと妻のお腹の中にいた。そこから出て、つまり最初の「離れ」があってこの世に出てくる。次はヘソの緒です。繋がっていた部分を離すことによって、「誕生」となるわけです。子どもと母親を結んで栄養を与えていたものがなくなった代わりに、今度は母乳をあげるわけです。毎日毎日、自分の腕の中に包んで自分の体から生み出されたものをあげる。生きてきて自分の体内のものを人にあげるなんて、これが人生初になるわけですよ。それがなければ生きていけないわけです。だから赤ちゃんは一生懸命吸う。そして成長していく。日に日に大きくなっていく子供を腕で包みながら母乳をあげる。これがその日の授乳を最後になくなるわけです。そりゃ泣きますよね。今はその気持ちがわかります。なんだか見ててもらい泣きしそうでした。
妻は泣きながらおっぱいをあげて「笑福、これでパイパイ最後ね」と言うと、笑福は笑いながらもおっぱいを吸いながらおっぱいに向かって「バイバイ」と手を振っています。やはりわかっているのでしょうか。息子が吸い終わりました。涙をぬぐう妻。最後の母乳。ただ本当の勝負はここから。再び「パイパイ」を求めて来た時に、諦めさせないといけない。これ、一日で断乳出来る子供もいれば、毎日ごねて、泣いて、特に夜は寝ることが出来ず、断乳するのに何日もかかる子もいるのです。そんな個人差があることも初めて知りました。
妻は、先輩ママである森三中の村上からある作戦を教わっていました。それは、最後のおっぱいをあげて、次欲しがった時に、体に「へのへのもへじ」の絵を書くこと。おっぱい飲むためにお母さんの胸を見たら、なにやら文字が書いてある。「いつものおっぱいじゃない」「あれ? これ違う」と認識して、おっぱいから離れる第一歩になると。
妻は、水性ペンで自分の体全部にへのへのもへじを書きました。腹、胸、体全てをキャンバスに大きなへのへのもへじ。そして笑福がパイパイを欲しがった時に、その体を見せました。すると笑福がフリーズ。「あれ? 違うぞ?」と。妻の乳首を何度も何度も指ではじいたり、ツンツンしたりして、吸わない。何度か口をつけようとするが、妻が「パイパイ、バイバイ」と言うと、乳首を吸わずに、胸に顔をつけて添い寝状態。
結局、この絵が効いたのか、笑福は無事、断乳成功しました。とはいっても、もちろん初日の夜は、パイパイを求めて泣きました。が泣き疲れて寝ました。次の日の夜は、パイパイを求めましたが、泣くまでもなく寝に入りました。3日、4日とたって、パイパイなしでも、寝ることが出来るようになりました。その姿を見て、子供は歩くようになったり、話すようになったりが成長だと思っていたけど、断乳という形で子供と母親も大きく成長するのだと知りました。
後日、妻が、村上にへのへのもへじ作戦のことを伝えると、「へのへのもへじはおっぱいだけに書くのだ」と。おっぱい一つ、一つにへのへのもへじを書く。が、妻は体をキャンバスに大きく書いた。つまりは、へのへのもへじのほとんどは妻の腹に書かれている。そう、半分以上、腹文字だったのだ。
でも、体いっぱいに書いたへのへのもへじ、そういえば最初に笑福が見た時、笑ってた。もしかしたら気を遣って、おっぱい吸わなかったのかも。断乳、成功。
父の気づき
何かから離れることも、
人にとっての大きな成長なのだ。
写真提供:ゲッティイメージズ
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連載の目次
【放送作家・鈴木おさむ】父親になるための勉強、「父勉」のために、育休
第1回【放送作家・鈴木おさむ】「母乳神話」の深い意味なんて、考えたこともなかった
第2回【放送作家・鈴木おさむ】なりたいのは「イクメン」ではなく、「父親」
第3回【放送作家・鈴木おさむ】妻とふたりの時間を過ごす、保育園帰りのモーニング
第4回【放送作家・鈴木おさむ】親も子もつらい断乳を、「へのへのもへじ」で乗り切る。
第5回【放送作家・鈴木おさむ】問題は発熱じゃない! 突発性発疹でわかった大事なこと
第6回【放送作家・鈴木おさむ】母親を守ろうとする、息子の必死さにショック……
第7回【放送作家・鈴木おさむ】小さな口喧嘩に対する、恐るべき子供の反応。
第8回【放送作家・鈴木おさむ】子供を叱るときのポイント。その行動に共感してみる。
第9回【放送作家・鈴木おさむ】目の前にある当たり前に感謝して、毎日を生きたい
第10回